「おもしろい本屋がある」「一度は行ったほうがいい」そんな噂を聞いていつかは行きたいと思っていた総商さとう・ウィー東城店。やっと訪れたのは、コロナ感染症騒動が本格化しつつあった3月初旬だった。
ウィー東城店DATE 住所/広島県庄原市東城町川東1348−1 営業時間/10〜19時 定休日/なし(不定休)
ウィー東城店があるのは広島県と岡山県の県境、四方を山に囲まれた庄原市東城町。 2020年現在の人口は7400人ほど。長閑な景色が広がる田舎町だ。 広島中心部からは山陽自動車道を経由して中国自動車道を車で走ること約1時間40 分。 東城ICを降りてから店までの距離は短く、2分も走れば「本」と書かれた大きな立て看板が目に入る。
駐車場に入ると、奥の方にコインランドリーや精米機、卵の自動販売機が見える。ウィー東城店では本以外にも色々なものが売られていると聞いていたけれど、卵の自動販売機まであるのには驚いた。聞くと東城町の養鶏業は広島県一の規模を誇るらしい。
店長の佐藤友則さんとお会いするのは2回目。
といっても前回はご挨拶させていただいた程度なのでほぼ初対面のようなもの。
おそるおそる店内に入ると、カウンター付近にいた佐藤さんがすぐに気づいて「こんにちは」と駆け寄ってくれた。まるで旧知の友人を迎えるような人懐っこい笑顔に、こちらも思わず笑顔全開になる。
総商さとう(広島県神石郡)の4代目である佐藤さんがウィー東城店の店長に就任したのは2001年のこと。あの“失われた10年”といわれた平成不況の最中だった。 ウィー東城店はオープンから3年が経過していたが、すでに本店の経営を圧迫するほどの経営難に陥っていた。 が、佐藤さんはそれを5年あまりかけて立て直す。さらにその後も右肩上がりの成長を続けた。しかも斜陽産業といわれる書店業界で、だ。 それ以来、ウィー東城店はマスコミや同業者から大きな注目を集めることとなる。
ウィー東城店は普通の本屋なのか?
それでも佐藤さんはウィー東城店のことを「いたって普通の本屋です」という。
たしかに店内を見渡してみても大掛かりな仕掛けや特別変わったことがあるわけではない。(駐車場の卵の自動販売機は少し驚いたが)
床面積は100坪。コンビニの店舗面積がだいたい50〜60坪なので、その2倍くらいと考えるとイメージしやすいだろうか。扱い品目は本だけでなく、化粧品や文具やCD、雑貨なども販売しており、本と本以外の商材の割合は半々だという。
「でも、パッとみて本が7割くらいあるように見えるでしょ」と佐藤さん。
なるほど、入り口から店を見渡して目に入ってくるのはほとんどが本棚だ。
錯視を利用しているのだという。店内の見晴らしがいいと感じたのもその辺りが関係しているのかもしれない。
「他にもね、いろいろな仕掛けを考えているんですよ」と佐藤さん。
一見、普通に見える店内のレイアウトだが、実は緻密に計算され尽くされているのだ。
佐藤さんは店づくりにおいて、どこに何をどのように置くかというレイアウトを非常に重視している。店長に就任してすぐ取り掛かったのも店内レイアウトの大幅な見直しだった。
例えばレジカウンターの位置。当時、お客さまが入店して最初に目を向ける入り口に背を向ける形でレジカウンターが置かれていた。一目見て「これはあり得ない」と驚いたという。
「だって、店に入ってきてくれたお客さんにスタッフが背を向けているんです。考えられないでしょ?」レジカウンターの位置はすぐに変更された。
現在、レジカウンターは店に入ってすぐの右手奥に移動され、かつてレジカウンターがあったという店内の一等地にはシーズン一押しの商品が陳列されている。
ウィー東城店で靴下を売り続ける理由
ウィー東城店はあくまで本屋であるが、先に触れた通り本以外の商品も扱っている。
だから本以外の物があっても驚きはしないのだが、文具売り場の近くで見つけたのはなんと婦人靴下のラック。これはさすがにインパクトがある。
実は佐藤さんも店長に就任した当時、扱う商材を見直す中で靴下は店から下げるつもりだった。「でも、これがめちゃくちゃ売れるんですよ。だから今も外せないんです」
靴下がウィー東城店でなぜこんなに売れるのかは、さすがの佐藤さんでもわからないと笑う。でもこの町で暮らす人が必要とするものを提供する。それが佐藤さんが長年、貫いてきた信念だ。 必要なものを売っているから、町の人は店に足を運ぶ。そう言ってしまえば当たり前のことではあるが、果たしてそれができているお店が一体どれくらいあるだろうか。
お客さまの声にプロの視点をプラス
佐藤さんの視点は常にお客さま側の、そのほんのちょっと先にある。
今やウィー東城店の顔ともいえるのが店内にある美容室だが、美容室ができたのもお客さまの声がきっかけだった。
ふとしたことから常連の女性客たちが、かつて美容師をしていた妻の恵さんにヘアスタイルや髪質について相談するようになった。大阪でヘアスタイリストとして豊富な経験を積んでいた恵さんの的確なアドバイスはたちまち評判となり「ここで美容室を始めればいいのに」という声があがるようになる。次第に恵さんもそんなお客さまの声に応えたいと思うようになったという。
調べてみると美容室の利益率は悪くない。採算ありと判断した佐藤さんは美容室という新たな事業をプラスすることを決断。2009年、ウィー東城店の中に美容室が誕生した。
本格的な設備と恵さんの高い技術は評判となり、美容室はすぐに軌道に乗った。その後も順調に業績を伸ばし、取材時に見せてもらった台帳は3ヶ月先まで予約で埋まっていた。
メディアでは「本屋に美容室がある」という物珍しさばかりがフィーチャーされがちだ。けれど、成功の本当の要因はそこではない。美容室として提供する技術とサービスのクオリティの高さでお客さまを満足させているからに他ならない。話題性だけだったなら一過性のブームですぐに終わっていただろう。
ちなみに、佐藤さんは化粧品コーナーの奥にエステルームも作っている。
これもお客さまの要望から誕生したというが、都心部であったならこれほど話題にはならなかっただろう。過疎の町で最高級のエステを体験できるからこそ、その価値は2倍にも3倍にもなるのだ。
本屋であり続けるためにできることをする
「不肖の息子だった」
かつての自分についてそう表現する佐藤さんだがそんな言葉とは裏腹に、実際はとても勉強家で努力家だということが、話を聞くほどに伝わってくる。
店を継いで約20年、ひたすらお客さま目線の店づくりにこだわってきた。
店内のレイアウトは? どんな棚を作る? 本と組み合わせる商材は?
全て緻密に計算され尽くされている。いくら本人が否定したとしても、こんなこと、勉強家で努力家じゃなければできない。
2015年には、駐車場スペースの奥にコインランドリーを設置した。
初期投資のコストは小さくなかったが、利益率の高いコインランドリーは今やウィー東城店の稼ぎ頭だ。
「1000円の本を売っても200円たらずの利益しかない。利益率のいい美容室やコインランドリーがあるから、本屋を続けられるんです」
書店を取り巻く環境は厳しい。
およそ2割という本の利益率は他のどの業界と比べても恐ろしく低い。薄利多売で本や雑誌がたくさん売れていた時代はそれでもよかったが、今となってはこの利益率は致命的だ。
加えて、人口7400人ほどの街で店を構えるウィー東城店はそもそも分母が小さい。
利益率の低い本だけで勝負するなんて、自殺行為といってもいいだろう。
だから佐藤さんは “本”に粗利率の高いプラスαをいつも考える。そのプラスα(アルファ)が美容室であり、エステルームであり、コインランドリーなのだ。
目指すのは居場所になれる本屋
現在、ウィー東城店では17人のスタッフが働いている。
その17人のスタッフの中には高校生もいる。取材に訪れた日、店内のカフェスペースで自習する中学生と高校生の姿があった。
「お昼ご飯はどうするの?持ってきてないの?じゃあ、出かけるからついでに買ってきてあげるよ」佐藤さんはそう行って出かけると、コンビニの弁当を下げて帰ってきた。
聞くと、高校生の彼はウィー東城店のアルバイト店員だという。店を通じて知り合った隣町に住む中学生が、今春、彼の通う高校に入学するらしく「一緒に勉強しよう」と声をかけて店内で自習していたのだった。
「隣町から友達のいない高校に入る。不安だろうなと思って、一緒に勉強しようと声をかける。そうやって人を思いやることができる彼のことが僕は本当に誇らしいんです」
佐藤さんはこれまでも積極的に学生のアルバイトを雇ってきた。不登校になった高校生を受け入れたこともある。それも1度や2度ではない。中にはアルバイトを経てウィー東城店の正社員になった人もいる。
東城町の過疎化、少子高齢化はこれからも加速度的に進むだろう。
だからこの街に雇用を作ることは、店にとっても街にとっても最重要課題だと考えている。
「今度ね、パンの販売も始めるんです」
「え!?パン?」思わず聞き返すと、以前ウィー東城店でアルバイトをしていた女の子が結婚し、東城町に戻ってきてパン屋をやりたいと佐藤さんに相談してきたのだという。
「僕自身、前から店でパンを売ったらいいんじゃないかと思っていて、調査も兼ねていろんなパン屋を食べ歩いたりしていたんです。だから彼女の話を聞いて「じゃあ、うちでやる?」ということになって」 そう話す佐藤さんは満面の笑顔だ。
もうすでに具体的な話も進んでいるという。そう遠くない日に、ウィー東城店で美味しいパンも食べられることになりそうだ。
パン以外にも、農業とのコラボも進めている。出版にも取り組んでいる。いつもほんの少し先を見ている佐藤さんの頭は常にフル回転だ。
「間口の広い本屋だからいろんなことができるし、いろいろな人の居場所になれる。本屋はそういう可能性のある場所だと思っています」
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